華氏451度、それは紙が燃え始める温度–。

全ての情報は映像で伝えられ、文章や本が禁止された近未来社会。
ここでは、政府機関である”昇火士”と呼ばれるものたちが、
市民の通報を受けて、待中の隠された図書を燃やし尽くしていた。
人々は単純・要約された情報の中で”平和”に暮らしていた。
感性や思考力を失いながら–。

“昇火士”として働くモンターグは、ある日、
街で、クラリスと名乗る、不思議な少女に出会い–。

今回は、レイ・ブラッドベリによる1953年発表のSF小説、
『華氏451度』から、今後のメディア環境に関連しそうな箇所を中心に抜粋すると同時に、
物語にインスパイアされた、私の拙いイラストを掲載しながら、
本書をご紹介していこうと思います。


[目次]
(1) 今、『華氏451度』をオススメする理由
(2) メディアに対する様々なスタンス:魅力的な登場人物たち
(3) 近年までも色褪せないメディアへの洞察



| (1)今、『華氏451度』をオススメする理由


本作は、日本語での新訳が出ているものの、
独特のメタファーや表現、ストーリー展開があり、
丁寧な情景描写から描かれている現代小説に慣れていると、若干読みづらい箇所があることは否めません。
しかし、だからこそ、本作の特徴である近未来SFでありながら寓話的な要素のある、
独特の世界観が形成されているとも言えます。
最初の1,2割を読み進めていくと、あとは、ぐいぐい引き込まれていくと思います。
冒頭記載した、あらすじ、に少しでも引っかかるものがある方は、好きな小説になると思います。


そして、発表から65年以上の時が過ぎようとしているものの、
いまだに色褪せない、メディアに関する数々の(批判的な)洞察が含まれております。
当然、物語が書かれた時代の「メディア」と、現代の「メディア」は、大きく異なると思いますが、
それでも、容易に今のメディア環境に置き換えながら読むことができます。


たとえば、昇火士のベイティー隊長が主人公モンターグに言うセリフに
下記のようなものがあります。


“「大衆の心をつかめばつかむほど、中身は単純化された。(中略)
やがて世の中は、詮索する目、ぶつかりあう肘、ののしりあう口で混み合ってきた。
人口は二倍、三倍、四倍に増えた。
映画や、ラジオ、雑誌、本は、練り粉で作ったプディングみたいな
大味なレベルにまで落ちた。わかるか?」”


“「古典は十五分のラジオプロに縮められ、つぎにはカットされて
二分間の紹介コラムにおさまり、最後は十行かそこらの梗概となって辞書にのる。(中略)
『ハムレット』について世間で知られていることといえば、(中略)
本にある一ページのダイジェストがせいぜいだ。(中略)
これが過去五世紀かそれ以上もつづいている知性のパターンなんだ」”


“「国民には記憶力コンテストでもあてがっておけばいい。
ポップスの歌詞だの、州都の名前だの、
アイオワの去年のトウモロコシ収穫量だのをどれだけ憶えているか、
競わせておけばいいんだ。(中略)
もう満腹だと感じるまで”事実”をぎっしり詰め込んでやれ。
ただし、国民が、自分はなんと輝かしい情報収集能力をもっていることか、
と感じるような事実を詰め込むんだ。
そうしておけば、みんな、自分の頭で考えているような気になる。」”
(本文より引用)


今の時代にも、そのまま当てはまるようなセリフではないでしょうか。


さらに、物語中の登場人物も非常に個性的であり、
かつ、メディアに対するスタンス、が異なり、
物語中で、個々の役割がクリアになっております。


1966年に映画化がすでにされておりますが、
個人的には、押井守あたりに、独自の今風の解釈を加えながら、
アニメーション映画化してほしく思います。



| (2)メディアに対する様々なスタンス:魅力的な登場人物たち


物語の主人公・モンターグは、”昇火士”という仕事をしております。
現代でいう”消化士(消防士)”と異なり、
火を「消す」のではなく、「燃やす」ことが仕事となります。
彼らが燃やすもの、それは「本」となります。


この世界では、本は「有害な情報を市民にもたらすもの」として禁止されており、
お互いを監視する市民からの通報によって、
本を隠し持っている市民のもとに駆けつけ、燃やしてしまうのです。


ある日、モンターグは、街の中で、奇妙な少女、クラリスに出会います。
彼女との会話を通して、自分の仕事や、世の中に疑問を持ち始めるところから、
物語は加速していきます。


「昇火士として本を燃やすモンターグ」


モンターグの妻・ミルドレッドは、
メディア、映像を通したコミュニケーションに没頭しており、
物語中で、”壁”と呼ばれるスクリーンに映し出される映像と
終日会話して楽しんでおります。
TV的なマスメディアと映像版ソーシャルメディアの役割を同時にみたすようなものでしょうか。


彼女は、物語中、やや批判的に描かれているように思えますが、
むしろ現代の感覚からすると、ミルドレッドに非常に親近感を感じてしまい、
逆にミルドレッドを批判する、純粋すぎるモンターグが、
若干煩わしく思える箇所もありました。


モンターグとミルドレッドの対比が物語の序盤から中盤の鍵となります。


“「わたしはしあわせよ」ミルドレッドの口もとはほころんでいる。
「そういえることを誇りに思うわ」
「ぼくはなにかするぞ」モンターグはいった。
「なにをするのかまだわからないが、なにかでかいことをしてやる」
「そういうつまらない話はもう聞きあきました」
ミルドレッドはふたたびアナウンサーのほうを向いてしまった。”


“もう誰もぼくの話など聞いてくれません。
壁に向かってはしゃべれない。
向こうがぼくに向かってわめくだけですからね。
妻とも話せない。妻は壁のいうことしか耳にはいらないんです。
僕は、どうしてもいいたいことを聞いてくれる相手がほしいんです。
じっくり時間をかけて話せば、それだけで意味があるような気がするんです。」”
(本文より引用)


「”壁”と話すミルドレッド」


さらに、
モンターグに近づく、17歳の不思議な少女クラリス、
モンターグの上司であり、モンターグに”メディア”や”昇火士”の役割を解くベイティー、
本を隠し持っている老人フェーバー、
などが絡んてくることで、予期せぬ展開が続いていきます。


彼らも紹介したく、イラストも描きたかったのですが、
力尽きました、。。



| (3)近年までも色褪せないメディアへの洞察


ここまで、物語から、様々な印象深いシーンを引用してきましたが、
それ以外で、個人的に考えさせられたセリフをご紹介します。


モンターグに語るベイティーのセリフ。
“(モンターグ)「仕事をしていな時間ならいくらでもありますが」
(ベイティー)「仕事をしていない、暇な時間ならばたしかに。
しかし考える時間はどうかな?
時速百マイル、危険以外のことは考えられない速度で車を走らせておるのでなければ、
ゲームに興じているか、一方的に話すだけのテレビに
四面を囲まれた部屋にすわりこんでおる。ちがうかね?」”
(本文より引用)


本を隠し持つ老人フェーバーのセリフ
“「いいかね、昇火士などほとんど必要ないのだよ。
大衆そのものが自発的に、読むのをやめてしまったのだ。」”
(本文より引用)


今、本書をあらためて読み返しますと、
昨今のメディア環境で問題となっている点が見事に指摘されております。


いかに消費者に”考えさせないか”、を重視するマスメディア、
短絡的な”まとめ”の蔓延、情報の質の低下とフェイクニュース、
情報のウォールに夢中になり、リアルの対面をないがしろにするコミュニケーション、
一見、消費者が検索・能動的にアクションしているようでいて、
裏で作動する誘導・ターゲティング…。


物語の終盤、
主人公たちは、書物に頼らず、「心の中に記憶している物語」を大事にしながら、
同志たちと旅をしていくことになります。


テクニカルに解決されるべきメディアの問題点はあることを認めつつ、
自らの行動・体験によって、苦労しながら得る一次情報、
これが、情報を精査する審美眼となるものだと、改めて気づかされる次第です。
自分の語る言葉が、モニターから得たメディアの情報に偏っていないか、
気をつけたいところです。


最後に蛇足ですが、、
本当に、漫画かアニメーションでみたい作品です。
世界観も素晴らしいうえに、絵的にも映えるシーンが多いと思います。
漫画なら皆川亮二、
アニメーションなら押井守、
ゲームならペルソナ5のチーム、
が希望です。(3者、全くベクトルが異なりますが、。)