世間はGWですね。昨日は”子供の日”でした。
私は、当然どこにも行かず、
“子供の日”らしいことといえばAmazonから届いた本を、
“Wiiをもらった海外の子供のように、ベッドの上で大はしゃぎしながら雑に梱包を破いた”くらいでしょうか。
※届いたものは、O’Reillyの『データサイエンス講義』ですが。
 別にはしゃぐ理由も無いのですが。

さて、今回は前回に続きまして、
ミチオ・カクさんの『フューチャー・オブ・マインド』を読んだ備忘録として、
人工知能とは何か、そもそも知能とは何か、ということを記したいと思います。



夢の記録・干渉、テレパシー、念力、記憶のアップ/ダウンロード、感情を持つロボット(人工知能)、
このような脳の”心”に関わる様々な話題を、理論物理学者の著者が、
世界中の最先端の研究成果をもとに、”すでに実現しつつあること”として紹介している本です。

そして各章で共通する話題とは、”心”とは、”意識”とは、”知能”とは何か、ということです。

端的に言うとそれは、“過去を評価して未来をシミュレーションする能力”であるとのことです。

それは、コンピュータがすべての計算を『1個のプロセッサを通しておこなう必要がある』(P.48)ことに対して、
脳は、『1個1個のニューロンの活動は比較的遅いが、1000億のニューロンが同時にデータを処理』(P.49)することで、
コンピュータだと『ニューヨーク市サイズ』を必要とするような計算を行う事ができるとのことです。

そしてそのような並列計算がなされているということは2つの興味深い事実につながります。
(1) “感情”というショートカットの導入
 『本質的でない情報の洪水で身動きがとれなくなってしまう』(P.49)ことが無いように、
 ”感情”という、『決して感覚ではなく、危険を避けて利益になりそうなことのほうへと向かわせるように進化を遂げた、
 身体に根差した一連の生存メカニズム』
(P.50)を『即時に発される警戒信号』として導入したとのことです。
(2) 思考は1つではなく、脳のあちこちに存在する
 『意識は、脳のあちこちにまき散らされた数々の事象が渦巻いてできたものだ。(略)
 脳はあとから結果を合理的に解釈し、ひとつの自己がずっと取り仕切っていたのだという印象をでっちあげる』
(P.51)

上記2点により、意識は、さらに”自己認識”を生成します。

自己認識とは、『世界のモデルを構築し、自分がいる未来をシミュレートすること』(P.82)であり、
すなわち、”鏡にうつる自分”をみて、”自分”だとわかるということであり、
“自分”は、”ロボット”ではなく”人間”だと認識できるということです。

ということは、本当の意味で人工”知能”を実現するためには、
“感情”や”渦巻いたニューラルネットワークとしての試行錯誤型推論”は、もちろん、
“自分は人間ではなく、ロボットであるということを認識し、
他者との関係の中で、その事実(自分)を中心として世界を見る視座”を
持ち合わせることが必要そうです。

現在では、上記のような”知能”をそのままは実現できないので、
一部をエミュレートしている、ということになります。
そして、どのように”一部”を切り出して定義するか、が
それぞれの人工知能のユニークな点となるように思います。


いかがでしょうか。
私は、これ以上、連休にどこにも行かず、誰とも話さないと、
“自分”を見失って、チューリングテスト 1に落ちそうな気がしますので、
ヨドバシカメラにでも行ってきます。

Notes:

  1. アラン・チューリングによって考案された、相手が人間か人工知能かを判断するためのテスト